経理を10年担当してきた社員が「来月で退職します」と言った瞬間、社長の頭が真っ白になる。月末の締めの手順も、取引先ごとの細かい決まりごとも、その人の頭の中にしかない。慌てて「マニュアルを作っておいて」と頼んだものの、出てきたのは数ページの箇条書きで、肝心の「こういうときはどうするか」が書かれていない。業務の属人化は、ふだんは問題にならず、担当者がいなくなる瞬間に一気に表に出ます。
この記事では、属人化した業務を引き継げる状態にするための考え方と手順を解説します。ポイントは、マニュアルを一度で完成させようとせず、仕事をしながら少しずつ育つ仕組みにすることです。
マニュアルを作っても属人化が解消しない理由
属人化を解消しようとして、多くの会社がまず「マニュアルを作る」ことに取り組みます。ところが、作ったマニュアルが使われないまま古くなっていく例は少なくありません。理由はおおむね次の3つです。
- 担当者に「まとめて全部書いて」と頼んでいる: 慣れた人ほど、自分が無意識にやっている判断を言葉にできない。書かれるのは表面的な手順だけになる
- 例外の対応が書かれていない: 実際に困るのは「いつもと違うこと」が起きたとき。そこが担当者の頭の中に残ったままになる
- 更新する人とタイミングが決まっていない: 一度作ったきりで、業務のやり方が変わってもマニュアルは変わらない
つまり、問題はマニュアルの出来ではなく、作り方と育て方にあります。一度で完璧なものを作ろうとするほど、担当者の負担が大きくなり、後回しにされます。
手順1: 「その人しかできない業務」を洗い出して優先順位を付ける
まず、社内で「この人が休むと止まる業務」を一覧にします。全業務を対象にする必要はありません。次の2つの軸で考えると、手を付ける順番が決まります。
- 止まったときの影響の大きさ: 請求・支払い・給与計算など、遅れると取引先や社員に迷惑がかかるもの
- 担当者が1人しかいないかどうか: 代わりにできる人がゼロの業務ほど優先度が高い
影響が大きく、担当者が1人だけの業務から順に、3つ程度を選んで始めます。最初から全部をやろうとすると、通常業務と並行できずに止まってしまいます。
手順2: 担当者に書かせるのではなく「横で記録する」
選んだ業務のマニュアルは、担当者にゼロから書いてもらうのではなく、実際に作業しているところを別の人が横で見て記録する方法をおすすめします。
- 担当者は、作業しながら「今何をしているか」「なぜそうするか」を口に出す
- 横にいる人は、それをメモする。わからないところはその場で質問する
- 画面操作が多い業務は、スマートフォンやパソコンの画面録画で残しておく
本人にとっては当たり前すぎて書かない判断(「この取引先だけは締め日が違う」など)も、横で見ている人が「なぜ今それをしたのですか」と聞くことで拾えます。記録する人を、将来その業務を引き継ぐ予定の人にすると、引き継ぎの練習も兼ねられます。
話した内容の音声や録画を文章にまとめる作業は、生成AIに手伝ってもらうと負担が下がります。会議の録音から記録を作る手順は議事録を会議後5分で共有する手順で紹介しており、同じ方法がそのまま使えます。
手順3: 「例外が起きたら1行足す」で育て、代わりにやって確かめる
最初のマニュアルは、いつもどおりの流れが書けていれば十分です。大事なのはその後で、いつもと違うことが起きたら、その都度マニュアルに1行足すルールを決めます。
- マニュアルの最後に「こんなときは」という欄を作っておく
- 例外に対応したら、その日のうちに「起きたこと」と「どう対応したか」を1〜2行で書き足す
- 月に1回、担当者以外の人が目を通し、わかりにくいところに印を付ける
こうしておくと、マニュアルは仕事をしながら少しずつ厚くなっていきます。「完成させる」ではなく「足し続ける」ものだと位置付けることで、担当者の負担も一度に集中しません。
よくある問い合わせへの答え方を型にしておく考え方は、問い合わせメールの返信テンプレの作り方でも詳しく解説しています。例外対応の記録が増えてきたら、同じように型として整理すると引き継ぎやすくなります。
引き継げたかどうかは「代わりにやってもらう」で確かめる
マニュアルができたら、実際に担当者以外の人にその業務を一度やってもらいます。担当者は横で見守り、手が止まったところをマニュアルに書き足します。手が止まった場所こそ、マニュアルに足りない部分です。
そもそも業務の手順が複雑すぎて、マニュアルにしても引き継ぎが難しい場合もあります。その場合は、手順そのものを減らすことも検討してください。たとえば不動産会社の契約書作成では、担当者の経験に頼っていた入力作業を専用ツールにまとめることで、誰が担当しても同じ書類が作れる状態にしました。詳しくは契約書作成システムを自社専用ツールに置き換えた導入事例をご覧ください。
また、マニュアルや業務記録を生成AIで整理する場合は、取引先の情報や個人情報をどこまで入力してよいかを先に決めておきましょう。決め方は生成AIの社内ルールの作り方を参考にしてください。
まとめ: 今日から手を動かせる最初の1ステップ
属人化が解消しないのは、マニュアルを「一度で完成させるもの」として扱っているからです。引き継げる状態にする順番は次のとおりです。
- 「この人が休むと止まる業務」を洗い出し、影響が大きいものから3つ選ぶ
- 担当者に書かせるのではなく、作業を横で見て記録する
- 例外が起きたら1行足すルールで、マニュアルを育てる
- 担当者以外に一度やってもらい、手が止まった場所を書き足す
今日できる最初の1ステップは、「もし明日から1週間、この人が休んだら何が止まるか」を社員ごとに1つずつ紙に書き出してみることです。書き出せなかった、あるいは書き出したものが多すぎた業務が、最初に手を付けるべき属人化業務です。
自社の業務に合わせた引き継ぎの仕組みづくりや、手順そのものを減らすツール化については、無料相談で個別にお答えしています。